災害時、私たちはどう行動するか/ 避難所運営ゲームHug&避難訓練ゲームEVAG

5月1日 避難所運営ゲームHugと、避難所訓練ゲームEVAGを体験してきました。
総勢15名(5人グループ3チーム)、晴美トリトンスクエアにある中央区民館をお借りしての体験です。

避難所運営ゲームHugは、グループが避難所の意思決定機関として、避難所の立ち上げから、続々と来る様々な事情を抱えた避難者の受け入れ、災害支援本部からの指示(明日朝5時に仮設トイレ5基到着予定→準備せよ・毛布25枚到着等)、報道機関への対応等を話し合いながらさばきます。
静岡県 避難所運営ゲームHug  

一方、避難訓練ゲームEVAGは、ある特定の属性をもった避難者(私は15歳少年・両親は隣町勤務etc.)を演じることで、避難者の考えを疑似体験し、注意点を見つけ出していきます。
避難訓練ゲームEVAG


 Hug
hug

最初に15分の作戦会議の時間がありましたが、私たちのグループでは何も決まらず。ただ、この時間で、このペースでの話し合いは不可能だろうという共通認識は出来たと思います。

校舎の2・3階はなるべく使わないように、と事前に告知されていましたが、開始早々、体育館に通路を作り、支援物資を置くスペースを作ると確実に収容場所が足りなくなるのが見越せたので他の教室も解放。
校庭、駐車場の割り振りやペットの問題等、カードの指示をさばいていきました。随時、矛盾や混乱もなく、比較的、広い視野で先を見通したルール作りが出来たのではないかと思います。事前に大まかな方向性をメンバーで決めておくのは有効だと思います(随時、微調整。また、決定事項は紙に書き出していきました)。

今回はメンバーがファシリテーションを実践している人間ばかりでしたし、感情的対立や文句を言ってくる避難者もいなかったというのは大きかったでしょう。現実に運営する場合には、もっともっと混乱するでしょう。ただ、さばくべき課題の質と量、その難しさを知ることが出来たのは大きいと思います。

また、ファシリテーションというとじっくり時間をかけて相互理解を深めるという方向に行きがちですが(そこが少し私には違和感ある点でもあります)、今回のように次から次へと処理すべき課題が出てくる場合の合意形成の在り方というのはもう少し考えてみても良いと思いました。

EVAG
Evac

EVAGは、個人が与えられた役割(15歳少年や82歳老人、その他詳しい設定あり)になり切り、避難の判断をします。

警報の難しさ、判断の難しさは思いもよらぬことでした。
私の場合は、障がいをもつ弟がいるため、隣町勤務の親を待つという決断が、最後まで響き、結局避難できませんでした。

興味深かったのは、ご近所との話し合いで、「もうすぐ親が帰ってくるはずだから、僕たちは避難しないで親を待ちます」と言った言葉がご近所の皆さんの避難を遅らせたことです。 以前読んだ安倍公房の「死に急ぐ鯨たち」を思い出しました。その中に、火災時に避難中、忘れ物を取りに帰った者を避難者全員が待ち、結局全滅してしまったというエピソード(事実)が提示されます。安倍公房は、人間というのは自分と異質なモノに引っ張られるようだということを書いていたと思います。

親に依存する15歳の少年(私)が、避難しようかという近所の住民の相談で「親を待つ」と言ったことで、近所の住民が判断を引っ張られる。それは、同情? 自分たちだけ避難できないという正義感に類する心理? 他者への依存?横並び意識? 

そして、そうするうちに避難の時期を逸してしまう。
自分たちで判断をする。予めルールを作っておく。避難という不快な行為をしないように自分を正当化しようとする(認知的不協和)、その結果、避難は遅れる。
予め自分で考えておくことや、自助の重要性を再認識しました。

また、ロールプレイをすることで他者への配慮のポイントにも気づけました。共助をするにもまずは他者を知ることが必要です。

避難を決断した方は全体でもそう多くはなかったように思います。自分たちの地域の危険性を知らなければ、避難は遅れるのかもしれません。

これらの災害疑似体験ゲームを皆さんの街で経験することは大変有効だと思います。
街で災害に備えるために、経験してみることを強くお勧めします。

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