フィードバック

学習や成長におけるフィードバックの重要性について、東京大学准教授 中原淳さんがblogで書かれています。
その中で、ある大学の先生がおっしゃったというロケットの話が印象的でした。

「まっすぐ飛べるエンジンロケットは存在しないの。ロケットってのは、飛んでいるうちに傾いてくるので、そうしたら自分の傾きを検出して、ジェットの吹き出し口の傾きをかえるためのフィードバック機構がついてます。そういうフィードバックがなくては、正しく飛べないんだよ・・・」
 中原淳さんのblogより

エンジンロケットの推進力が強ければ強いほど自律・他律機能は強く鋭敏でなければならない。常に「揺れ」を修正し軌道修正しながら目的(目標)に向かう。推進力・自律他律機能・目的(目標)設定の3つが必要。もちろん、それに耐える強度や位置を正しく図る能力・他律を受け容れる能力も不可欠になる。

私達の行動へのとても良いメタファーのように思えます(目的(目標)に一直線に向かわない・向かえない生き方も面白いと思いますが・笑)。


私自身はといえば、blogにあるように「大丈夫?」と聞かれれば「大丈夫です」と答えるような若者であったと思います。
自分の頭で考えて自分の頭で決断をする、あるいは解を見つけることをしなければ意味がないと思ってしまうから。
自分の能力を過信しているのかもしれませんね。

しかし、自己を顧み、他人の批判には耳を傾け、これまでの自分の知見を総合して検証することで何とかやってきたように思います。
それに、安易に人の忠告を受けるのは何だか無責任なような気がする。これは若い時からそうでした。頑なな青年だったのです。今となっては苦笑するのみですが。

しかし、よく考えてみれば、書物から、経験から、人の反応や事後の失敗への批判から多くのフィードバックを受けていたのでしょう。あくまで面と向かった直接的なフィードバックを求めなかっただけで、これらの間接的なフィードバックは多く受け、吸収していたように思います。
そして、自分の頭で考え抜いたことと同じ内容を書物などで見つけることを繰り返すことで自分の考えに自信をもつようになりました。これもひとつのフィードバックによる成長だったと思います。

年齢・立場とともに、逆にフィードバックをしなければならない側に回りましたが、だからこそ自分がフィードバックを受けることも忘れてはいけませんね。
自分がフィードバックを受ける必要性を忘れたとき、人間は他人や組織に害為す老人になるのでしょう(いわゆる老害)。
また、フィードバックを受容する心構えをもたなければ、我々は柔軟性を失い、固定観念に縛られ「現実」を見落とすことになる。

心したいと思います。

 

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